大無量寿経講話【第2回】 2012/ 03/ 24 一楽 真 師
今日は四十八願が終ったところで三誓偈に入ります。
親鸞聖人は無量寿経を上巻と下巻に大きく分ける・・・そういう見方をして下さっています。上下二巻からなるお経を、上巻の課題と下巻の課題が明確に分かれているとご覧になったわけです。
聖典182頁でありますが、「憬興師の云わく・・・」新羅の国AD600年位におられたであろうと思われる7~8世紀の人なんですが、この方の『大無量寿経』の註釈書を親鸞聖人は非常によくご引用になります。そこに「如来浄土の因果」を説いてあるのが上巻だと。それに対して下巻は「衆生往生の因果」だというわけです。荒っぽくいえば上巻は阿弥陀如来とはどんな仏さまか、その世界とはどんなことかということが書かれている。下巻はわれわれ悩み苦しむ者がどうやってその世界に生れることが成り立つのか、生れたらどうなるのか、衆生の巻であります。これを如来のお仕事と衆生の責任と仰って下さった先輩方もおられます。分量が多いから二巻に分けたのではない。主題が二つあるわけです。上巻は如来のお仕事、下巻は衆生の責任であります。
これを親鸞聖人は特に大事になさるのですが、下巻のことを先に申し上げておきますと、如来の浄土がいくらあっても、そこに行けば誰もが救われるという浄土が完成していても、我々が往こうとしなければ、その浄土はお話しで終ってしまうわけです。西の方にあるとか一人も残らず平等に迎えとる世界だといくら云われても、へぇーと云っているだけだったらお話で終ります。私たちがそこに生きようとするのか、生れようとするのか、我々の責任が大きいという点に着目されたのが親鸞聖人です。その意味もあって上巻と下巻の中味の主題をおさえる、この憬興の言葉を非常に大事にしておられます。
如来の浄土がどのようにして出来上ったのかという如来浄土の因についての話ですが、出来上った結果についてはまだ出て来ません。どういうことで浄土が建てられなければならなかったのか、如来が何を願って浄土をお建てになったのかということが出てくるわけであります。上巻の後半には如来浄土の果、つまりどんな世界として完成しているか、その内容が一つひとつ押えられていくことになります。
それは48の本願で既に形が示されています。これを曽我量深先生は浄土の憲法だと仰って下さいました。たとえば一人残らず救いたいというのが阿弥陀如来のお心だとしても、救いとは何かということをまず示さないといけませんね。なにが人間にとっての幸せなのか。これを示さなければならない。これが条文になるわけです。どうすれば幸福が実現するのかという具体的な方法も書かないといけませんね。これが48の条文になっている。浄土の憲法と云うとわかりやすいと曽我先生は戦後、お話の中で何回もしておられます。昭和20年に新しい憲法ができて、わが国はどんな国でありたいかということを打ち出した。阿弥陀の四十八願は私の国に生れれば一人残らず真実の安心を与えたい。浄土は安楽国とも云われ安養国とも云われますが、これが阿弥陀の国をよく表わす言葉です。
どんな国ですかと聞かれれば、本当の安心と楽です。私たちにはあれが欲しいこれが欲しいという欲求がありますが、要求が叶えられれば楽しみが支えられるように日頃思っているのですが、残念ながら私たちの楽というのは手に入れた瞬間に苦しみに変わっていく可能性もあります。大きな家が出来て安心だというのはしばらくです。苦しみの種に変る可能性はいくらでもあるわけです。本当の楽というわけにはなかなかいかないわけですね。
浄土に生まれること、浄土を生きることは本当の楽だという意味で安楽という言葉が使われます。安養もそうです、安心して養われていく。生活が成り立って行く。お金がない時はお金のあることが安養ということに見えるかもしれませんが、お金をいかに沢山手に入れたとしても家族がバラバラになっていたのでは、あるいは誰ともしゃべれないというような状況になったのではこの世界に居場所がないというようなことも起こるのです。あるいは毎日三食食べているけれど、どうもそれだけでは満たされないということもあります。食べたことが喜びにならないということだってあるわけです。だから本当に食べたことが自分のいのちとなって輝いていくことがどこに成り立つかというと、腹が膨れたらいいというだけにはいかないですね。心の底からの喜びということと結び付くと思います。阿弥陀仏の浄土が安養国とか安楽国といわれる、これが大事な表現だと思います。お勤めの最後に「往生安楽国」とありますが、あれを自分の決意として唱えている人はそんなに多くないのですよ。安楽国に生れていきましょうということを毎回確認しているのです。
この四十八願を述べ終ったところに置かれているのが今日から読んでいきます三誓偈です。 四十八願の内容を三つの誓いで押えて下さっている。偈というのはインドの言葉でガータ、歌ですね。詳しくは偈頌ともいいます。古いお経になればなるほど偈頌が沢山出てまいります。なぜかというと唱えて大事なことを忘れないようにするということが元々偈頌の意味です。正信偈は親鸞聖人が作られた偈頌ですが、唱えていると意味が判る、わからないにかかわらず言葉が音としておぼわりますよね、おぼえると後で意味をたずねるということも起きて来ます。いつでも出て下さるというはたらき、古いお経は必ずお釈迦さまはこう仰ったという散文のところと韻文つまり偈頌になっているところが交互に出て来ます。無量寿経には全部で三つの偈文があります。四十八願の前に嘆仏偈。いまここでは三誓偈。そして下巻にいきますと東方偈がありますが、この偈文だけでも何回も繰り返して読んでいただくとお経の中心部分を頂戴していくことができるという、そういうありがたいものです。親鸞聖人は正信偈で「重誓名声聞十方」という言い方をなさるのですが、重ねて誓って下さったと取って下さっています。だから親鸞聖人の云い方ではこれを重誓偈という方が意味がはっきりするかもしれませんね。三誓偈というのはこの中に三つの誓いが出ているという、こういうことです。これもよくわかります。偈文は全部で11偈あります。4句で1偈なんです。その最初の三つが誓いの表明ですので三誓偈というわけです。
だがそれは四十八願を誓った上で、その上でもう一遍誓われたという、重なっているというのは重要だからという意味で、重は重なると同時に重いという意味もあります。そういういみで重誓という言葉も合せておさえていただくと、この偈文の位置がはっきりとするのではないかと思います。
聖典では25頁になりますが、我建超世願から始まっています、初めの三つの偈、十二句であります。「我建超世願 必至無上道 斯願不満足 誓不成正覚」が第一の、「我於無量劫 不為大施主 普済諸貧苦 誓不成正覚」が第二、「我至成仏道 名聲超十方 究竟靡所聞 誓不成正覚」が第三の誓となっています。それぞれ最後には全部「誓う正覚をならじ」となっているとおり、私も覚りを成じませんと書いてあるわけです。四十八願が全部そうでしたね。
以上のことが実現しなければ私も仏に成りませんというわけです。「説我得仏…不取正覚」と四十八願は全部そうなっていました。たとえ私が仏となるとしても、このようなことが成立しないならば私一人だけ仏になるわけにはいかない、そういう意味で「誓」といわれるのです。これも親鸞聖人が大事になさる云い方ですが、本願のことを一番詳しくいうと本弘誓願といわれます。これはそれぞれ意味がありまして、「本」は阿弥陀仏が元法蔵菩薩であったとき発した願いです。仏が修行の段階で発された願い、菩薩であったときの願いというのが本願という言葉の本当の意味です。「弘」という字は一人ももらさないと、どんな者も分け隔てしない、誰をも平等に救うということです。「誓」はこれが実現しなければ仏に成らないという誓約、約束をして下さっているのです。親鸞聖人はこれをいろいろ組み合わせて本願と云ったり、誓願と云ったり、弘願といったり…全部で五つになりますかね、親鸞聖人はどういう思いでこういう云い方をされたのか考えるといろんなことが味わわれるかもしれません。でも親鸞聖人がなんとなくというわけにはいかないと思います。ご和讃でも、教行信証をお書きになるときでも、その言葉を選ぶときにはやっぱりその面を特に強調したかったという思いがおありになったに違いないと思います。 そのように四文字を組み合わせて親鸞聖人はお使いになります。特にここは三誓偈といわれるように文字どおり誓うという言葉が三回出てきます。正に法蔵菩薩の誓約、誓いがここに表面に出ているわけです。
一つ目から見ていきますと「我超世の願を建つ」と何度も出て来たのですが、世を超えることが法蔵菩薩が国を建てようと思われた一番根っこのことなのです。世の中の問題を世の中で超えていけないのですよ。結局最後には勢力争いになったり、いくら世の中を良くするといっても自分の欲望を一歩も出ないということがあったりします。例に出して恐縮ですが、アメリカという国は世界の平和を考えているようですけれども、自分にとって都合のいい国は守り都合の悪い国は排除していくという平和ですよね。だから世界の平和のためにと云いながら一番沢山戦争をしているのはアメリカだということを否定できないですよね。
法蔵菩薩が世自在王仏の教えを聞いて、出家して仏道修行に入る前の名前が無諍念王と伝えられています。無量寿経にはありませんが悲華経にそのお名前がでています。争いのないことを念ずる王さまなのです。これがなかなか成り立たないのです。世の中では争いがないこと願いながら爆弾を用意したり銃口を相手に向けながら平和だといっているわけです。そういう武力で抑えるような平和は本当の平和ではないだろう。あるいは自国の民を守るためと云いながら兵隊として民を送って結局民を犠牲にするということも起こってくるのです。領土を守るために沢山の国民を殺すことも起こるのです。世の中の論理で世の中の問題は解決できない。ここに世自在王仏という仏さまに出遇ったという大きな感動を得たわけです。世の中の眼を超えた道があった。世の中は勝ったか負けたか、正しいか間違っているか、上か下か、力が強いか弱いかとこういうことで決まっていくわけですけれども、結局はそうでない者を傍らに追いやっていくことになるでしょう。元気な者中心の世の中は病気の者は傍らに追いやられます。お金が中心になればお金をもっていない者はやはり辛い思いをさせられることになっていくわけです。誰の上にも本当の喜び安心ということがどこで成り立つか、その時に世を超えるということの大事さですね。ただ忘れていけないのは世を超えるのは世捨人になるのではないのです、世を超えることによっていよいよこの世に向き合うことができるのです。世を超えた眼がないままに世の中に関わろうとすると、結局世の中の損得に呑みこまれてしまうのです、と。そういう意味で一番最初の言葉ですが我超世の願を建つと。世を超えた眼でそして世の問題に応えていこうとするのです。世の中即ち人間関係、関係が世の中を作っているのですが、その関係の問題に本当に応えるためには世を超えた眼がなくてはならない。これが四十八願に一貫している眼であります。
これが非常に大事なのは浄土に逃げ込むようなイメージが付いて回るのですが、それはこの世をいよいよ大事に生きていく。世の中をどう生きるかということに浄土は関る。この辺をはっきりさせて下さるのは親鸞聖人ですが、本々のお経も親鸞聖人の眼を通して読めばそうなっているのですね。決して世捨人になるための浄土ではありません。この世が辛いから死んだ後にいいところへ連れて行ってもらおうという死後の願望を叶えるためではありません。そうではなくて本当にこの世の真只中を生ききっていくことができる、そういう道を開くのです。それが超世の願と云われているわけであります。
無諍念王(法蔵菩薩)のお師匠さまのお名前は世自在王仏です。これは世の中にありながら自在であるというのです。なんでそんなことが成り立つのかということでお尋ねせずにおれなかったのでしょう。私たちに一番具体的にイメージできるのはお釈迦さまですよね。お釈迦さまが生きられた世界というのは決して問題のないきれいな世界ではありません。インドは生まれながらに身分に差があったり、それによって人の値打ちが決定されるというような状況があったわけです。でもお釈迦さまはそれをなんというひどい国に私は生れたのだと云って、こんな世界を生きるのはいややと、そんなふうになりませんでしたね。覚りを開いたところにいよいよ生れによって人にランクをつけるのがいかに愚かなことか、痛ましいことであるかを明らかにしていくのをお仕事にされた。ですからお釈迦さまはその差別の中で苦しんでいる人に対しては、あなたは劣った家にうまれたというレッテルを貼られているかもしれないけれどもあなたの値打ちはそんなことでは決まらないと云っていくわけです。あるいは良い家柄に生れたからと云って威張っている人に対しては、そんなことが人間の価値を決めるものではありませんと云っていくわけです。だからお釈迦さまが向き合った現実というのは問題がいっぱいですわね。矛盾をいっぱい抱えている。でもそこを自分が生きる現場となさったのがお釈迦さまなのです。ひどい世の中にきたなぁって、そんなんじゃないんです。世を超える眼がないと私たちもひどい時代に生れたと世を果敢なむよりないでしょうね。悪いこともしてないのになんで私はこんな目に会わないといけないのかと、大体こうなりますね。
しかしそれは皆して作って来たこの世の中の痛ましさに目を覚ましてみたら、そのひどい世の中と向き合うことが起るのです。これを世自在王仏にあてはめてもそうだと思います。決して都合のよい世の中を生きておられたわけではないのです。どれほど自分の都合に合わなくても、自分の為すべきことを失わず、そこを大事な現場として生きていくことができた。自分の生き方を貫くことになったのだと思います。その姿に触れて無諍念王は感動するのです。なんでこのひどい世の中にありながら自分の生きる方向を見失わずに歩み続けられるのかに感動したでしょうね。どうしてそんな生き方ができるのか。そこに法を求めてそしてその教えの中から四十八願をお建てになったと。これが三誓偈の直前までのところでありました。
それを受けてまず一言目に仰ったのが、私は超世の願、世の眼を超えたような願いを発しましたあというのです。だから願は願でも人間の願望と違うのです。わかりやすい意味で願という字を使いますけれども、これは私たちでもああなりたい、こうなりたいとか願いを発します。それは世間的な欲望です、やっぱり世間の中で褒められるとか評価されるとか世間的な幸せを手に入れるとか。悪いとは云いませんけれども残念ながらそれはどこまで行ってもきりがない。いろいろ手に入れても、これで良しと心の底からの満足とならない、そういうものと違うと云うものを表わすのです。中味から云えば清浄意欲と云う方がいい。でも私たちにわかる言葉にまで近づけて表現して下さっていると思います。四十八願のときにお話しましたが、私たちは基本的に清浄意欲と言えるような願いはないわけです。いつもそこに打算が混じっている、計算が入っている。人のために何かするときでも、しておいた方が得なんじゃないかとこんな根性が混じるわけです。そんなものは本当の願いとはいえない欲なんです。でもおもしろいのはこの欲ということをわざわざ四十八願の中で使っていましたね。一番大事なところでは欲生我国と使っているのです。我が国に生れんと欲えと、欲でもかまわんというのでしょうね。どうせ欲を起すのなら私の国に生れるような欲を起せと。欲をなくせと云っていないのです。どこに向くかが大事なのです。欲をなくせと仏教は捉えられがちですが、欲をどの方向に向けるかと転ずることが大事なのでしょう。生命力と一緒なのです。生命力を何に向けるか・・・これがはっきりしないから私たちは困るのでしょう。だから結局世間的な価値観に向いていくのです。そして手に入れたと云っては威張ったり、手に入らないと云っては落ち込んだりする。でもそうではなくて、その自分の生命をなにに燃やすかということが見えれば、これは生き方が燃え上がるようなことが起るのですね。
十八・十九・二十願に3回も欲生我国と云われています。我が国に生れんと欲えと云われて今度願いが起るのです。それが下巻の願生彼国、彼の国に生れんと願ずる、これが本願成就文です。願になるわけですね。そういう意味で一応使い分けはあるのかもしれません。欲しかないあなた方どうせおこすんならこっち向けろという呼びかけです。しかしこれが大事だったのですということが見つかった時には欲生彼国とは云わない。願生彼国です。願いとなって実を結ぶのでしょうね。この辺お経というのは文字一つにしても面白いなと思います。言葉の約束から云えば欲というのは、それによって業を造ると云われているのです。願ということになって初めてそれが行になるということも云われます。だから我々が日頃造っているのは全部業ですよね、良かれと思ってやっていることも業です。親鸞聖人はそれを虚仮雑毒と云われます。いいことのように見えても嘘、偽り、毒が混じっているというのです。虚仮雑毒の善とこんな云い方もされますが、全部それです。それが願いとなったとき始めて我々の人生一歩一歩が何に向かうのかということが決まる、歩みになるわけです。毎日歩んでますよと云われても、どこ向いてるかということが決まらない間はいろんなことをしたというだけです。行は行でもそれは雑行と親鸞聖人はいうわけです。やってないとは云わないと。しかしいろんなことをやっているだけで結局自分の一生はどこに向かう、何のための人生か見えていないだろうということですね。本当に決まるというのは願いが実を結んだとき、形を取ったときなのです。言葉をいろいろ云って恐縮ですが、そんなこともお経の中から見ていくことができます。
はじめの一句に戻っておきますと、法蔵菩薩は我超世の願を建つと、願いとなって形をとったということであります。それによって必ず無上道に至る。この上ない道に至るこの願が満足しないならば私も正覚を取りませんと誓う。正覚を成じませんと固い決意を表明しています。これは一応分けることは出来ないのですけれど、無上道というのは自利も利他も同時に満足するという道です。菩薩として誰もが発すべき願いなのですけれど、この上ない自利利他の道の完成です。別な云い方では、願作仏心 度衆生心となります。迷いを超えさせようと願う心です。この二つは基本的に分けられないのです。なぜかというと、自らの問題とこの世の中の問題はどこからどこまでというふうに切り分けることはできません。この世の中に生きているということはつながりを生きているわけで、そのつながりの中で悩み苦しむわけですから。世の中がどうなろうと私は平気だとはならない。世の中の問題は身に受けていくわけです。
お釈迦さまはその代表です。世の中の人々が傷つけ合い苦しんでいるのを放っておけない。それを超えさせていくのがお釈迦さま自身の一生の仕事となさったわけです。だからどこまでが自分の仕事を果すことか、人を苦しみから助けていくというのは決して切り離せない。どちらかというと自らの覚りを完成しようというのを自利と云い、特に他の人を助けていこうというのを利他と名づけるわけです。仏といえば自利と利他が同時に満足しているわけですから利他ぬきの仏さんなんてないのです。衆生を助けたいと思わない仏さんはありません。
これは菩薩でもそうです。衆生を度したいと思わないようなのはもう菩薩と云わないのです。あえてこれをわければ、智慧の獲得、慈悲の心です。絶対に分けられないのです。まず智慧を獲得して次に慈悲だと見えるかもしれませんが・・・。智慧というのは、なぜ人間が苦しんでいるのかと云えば関係を生きているという意味で、そのあるがままを見抜く知恵なのです。同時に私たちが助かるということは周りの人と共に助かっていくということと切り離せないのです。あえて言葉で分ければまず自利を完成してから次に利他に入るとか、智慧を獲得してからその次に慈悲をおこすように二つは別々に見えるかもしれませんが、慈悲のない智慧なんてどんな智慧なんでしょうか。そんなことを改めてはっきりさせるために智慧にも根本無分別智という云い方があります。慈悲を表わすような智慧もあるのですよ。後得分別智…これは人々にどう関るかというときの智慧なんですね。全部くっついているのですけれど、あえて物を見る眼の方を中心に云うときは智慧、それをもって人々に関るという実際の働きかけ…これを慈悲という言葉で云ったりもします。この三誓偈の一番目の誓いはこの上ない覚りに到達する者になりたいということが前面に出ているということも云えるわけです。あえて云えば自利の面が強調されている偈文だと云えますね。でも無上道という言葉には自利も利他も両方入っているのです。利他のない自利だけの無上道なんてありえません。課題をわかりやすくするために覚りを得ていく。無上とは最上ではなくて、上がないということは歩み続けることを意味しているのです。もうゴールインだと云わせないのです。無量寿経では別のところで無窮極、極まりがないという言葉があります。無上と重なる言葉だと思います。つまりここまでやったから終りだということがない。いのちある限り止まることのない歩みです。だから何段階上がってゴールインしましたというような歩みと違うのです。終りのない道に立ち続けるということです。どのように問題を見るかという眼が開かれ続けていく、そういう方向に立とうということです。
それに対して第2の誓いは利他が強調されている言葉になっています。無量劫は数えられないほどの長い時間ですが、限りのない時間を大施主となる。今では施主と云うと殆んど物を差し出すということになっていますね、あるいは施行主のこともあります。でもこの場合は利益を施すのです。迷いを超えるという本当の利益を与える、それが大施主と云われる意味です。誰が目当てとなっているかと云えば、あまねく諸々の貧苦を救わんがためにとなっています。いろいろな生き方をしている貧しき者苦しき者を救おうというのです。誰に対して眼を向けているか、貧苦です。あまねく諸々の衆生と云ってもおかしくないのです。衆生とは苦しみ悩む者を表しますけれども、それをさらに具体化して貧苦といいます。貧しき者苦しきものです。 思い出しますが、マザーテレサが20年位も前になりますが日本に来られた時に、この国にも貧しき人はいます、貧しさというのは物がないということですがそういうことではありません、現代の貧しさは見捨てられるということですと、アメリカでもそんなことを仰ってますね。見捨てられる、誰からも相手にされない…これが本当の貧しさですというのですね。その貧しいものに私は自分に持てるものがあれば半分でも分け与えることを仕事にしています。非常に具体的な目標をもっておられるわけです。自分にあれば半分あげる。まだいればそのまた半分あげる。全部あげるとは云ってませんでした。これだけしかないという形で自分の持てる物を半分与えるという実践をマザーテレサという人はなさっていたのです。そのときに貧しさというのは金のあるなしということを超えて誰からも相手にされない、孤独ということで貧しさをおさえて下さったと思い出しております。
それが本当の現代が超えられない問題ですよね。金はあって物は豊かになり、便利になっても落ち着かない、昔の話じゃないです。もう貧しいなんて話は終ったとは云えません。実際都会で餓死した人とテレビで出ていました、お隣が見えませんね。餓死された方もお隣に困ってますということを仰っていなかった。何か物音がしないなぁといううちに、知らないうちになくなっていたということです。本当に関係が切れていると思いますけれど、そこに人間の苦しみということは如実に表れていると思います。そういう者のために利益を施していきたい。悩みを超えさせたいという…これが第2番目の誓いに特に出てくるわけであります。分けることはできませんが、あえて云えば利他の面が前面に出たものになっています。
1番目と2番目で合せて自利と利他の両方を満足するものになりたいと云っているわけです。その中身はその前の48の願で語られていたわけです。私の国に生れればどんな者もこの貧苦から救われるということを指し示しているわけですが、何のための本願であったかということをここで確かめているわけです。どんな者にも傷つけ合い苦しむことを超える、そういう世界を私は明確にしたのですと、その願いを建てたのです。あとそれに気付いてほしいというのが次に展開していきます。 ~~~休憩~~~ 第三偈「我至成仏道 名聲超十方 究竟靡所聞 誓不成正覚」は第一偈が智慧、第二偈が慈悲であったのに対して、方便あるいは実現の手段を強調した四句になります。言葉によって智慧と慈悲が現実にはたらくことが明確にされています。これらの三つは離れないのですが具体的なはたらきという意味でいうと、この三番目はとても重要なことになってきまして親鸞聖人はこれを教行信証にも特に重視することになります。それは後で確認することになりますが、「究竟して聞ゆるところなくば」とはどこへでも届いていくという意味です。
「名声十方に超えん」の名は言葉です。言葉が声すなわち響きとなって十方世界に届いていくようにしたいということです。つまり聞えないところがないようにしたい。云いかえれば誰の上にもこの言葉が届くようにした。こう云っているわけです。だから言葉をもって人々に呼びかけていく。これによって人々が迷い傷つけ合うことを超えることを実現しようという具体的な方法がここで語られています。これが親鸞聖人が非常に注目なさったところでありまして、まず正信偈で確かめますと「重誓名声聞十方」(勤行集5頁)「重ねて誓うらくは、名声十方に聞こえんと」とあります。重ねて誓って下さったことはお名前が声として十方に聞こえさせたい。三誓偈というのは普通の呼び名ですが、親鸞聖人から云えば特に重ねて誓って下さったという意味で名声聞十方が重く受け止められていることが分かります。
その前の「五劫思惟之摂取」をどう読むか。偈文ではくっついてでていますが、大経で見ますと本願文の前にでてきたのですね、210億の諸仏の国をご覧になって私の国はどうするかというのに五劫という長い間かかったというのが大経の文脈でした。そして210億のありとあらゆる国を見る中で大事なことを選び取り、大事でないことは選び捨てるというお仕事をなさって四十八願が形をとるわけです。ところが正信偈では「無上殊勝の願を建立し、稀有の大弘誓を超発せり」と云い切っておいてその後に「五劫之を思惟して摂取す」をおいておられるのです。之をというのは何を指すか問題なのですが、前後の関係から超発した大弘誓を思惟してとなるのでしょう。四十八願を発した、それをもう一遍思惟して摂め取って、そして重ねて誓うと、五劫というのをこっちにかけて読んでおられるようです。大経の文脈では本願を発すのに五劫という長い時間がかかったということですが、親鸞聖人はそれをどう人々の上に明らかにするか、人々の上にはたらきかけていくかというところに五劫という言葉を読み取っておられると思います。本願の前のお言葉である五劫思惟を本願を発した後の名声超十方と重ねて正信偈を作っておられるところに、なんというか…一応五劫思惟というのは智慧と慈悲かもしれませんね。それをどう与えるかという方便が重誓偈の部分で出ていると云ってもいいかもしれませんが、分けておられないのです。具体的な方法がはっきりしないと智慧と云おうが、一切衆生を救うという慈悲と云おうが、それは絵に描いた餅に終わっていくのです。それが具体的な形をとったということ、ここに重きを置いておられるということなのです。このように意図的にお経を読み取っておられるのだと思います。この親鸞聖人のお心からすると、「重誓名声聞十方」と名をもって、言葉の響きをもって人々を導きたいという、これが非常に重い内容を持っているということが見えて来ます。これに関連して教行信証の行巻の引用(聖典157頁)を見ておきます。
親鸞聖人は諸仏の称名とおさえられるのです。これだけではなかなか理解しにくいかもしれません。行というのは仏教の約束事から云えば 我々が実践する行いのことですね。われわれの実践項目を行というわけです。滝に打たれるとか、ゴマを焚くとか、お経を沢山読むとか善根功徳をつむとか…これを行と云っています。四国をずうっと歩く人もあるわけです。そういうのを行と云っています。でも親鸞聖人は真実の行、私たちが本当に迷いを超える行というのは諸仏の称名なんだと云われるのです。これが難しい。なんで諸仏の称名が迷いを超える行になるのですか。でも親鸞聖人のご経験から見るとわかると思うのですが、親鸞聖人は20年間自分の実践を積み上げた方ですね。比叡山で20年間いろんなことをなさった人だけれども、例えば煩悩を断ち切ることができなかったのです。腹立つ心も消えない、人を妬んだり恨んだりする気持ちもなくならない、お経に書いてあることをいくらやってみても、それが実を結ばないわけです。だから親鸞聖人の疑問はこんなことが行といえるのかということです。いろいろやってみたけれども行になっていないじゃないか。迷いを超える方向に向かっていないのじゃないかというのが、大きな大きな疑問だったと思います。
そのときに法然上人にお会いして、あなたは阿弥陀にたすけられなければならないと云われるんです。そこに初めて火が灯ったということが起るのです。何をしていいかわからない、どっちを向いていいのかもわからない。八方ふさがりだったときに、あなたは何かを積み上げて覚ろうと思ったら大間違いだと云われるのです。あなたは阿弥陀に導かれて生きなければならない人間なのですよと。それまでは行が間違っているのだと思っていたのです。この方法がダメなら今度はこれ、この行がダメなら今度はこれ、このお経がダメならこっちのお経となるのです。そうじゃない、どれをやってみても煩悩がなくならないあなたは阿弥陀によって導かれなければならないのですと教えられた。お経やそこに書いてある行が問題なのではなかった。こちら側が見えてなかったのです。やればなんとかなるという、良い言葉で云えば自信、悪い言葉で云えば思いこみですが、それだけを支えにやって来たわけです。そんな中で法然上人によって阿弥陀の世界に遇わないと私は一歩も歩めないということがはっきりしたのですね。これが親鸞聖人にとっては諸仏、すなわち一番近い法然上人が阿弥陀の名を誉め讃えておられる。阿弥陀に遇わないと助かりませんよと云ってくれた一番具体的な話です。そこに暗闇に光が灯ることが起ったのです。法然上人に出遇ってみると法然上人の背後には無数の諸仏がおられるわけです。法然上人に先立って阿弥陀の世界を大事に大事にいただいていた方がいたわけです。インドにもウズベキスタン辺りにもシルクロードにも中国にも朝鮮半島にもおられたわけです。そういう民族を問わずいろんな人の上に証しされてきた、それが私に方向を与えて下さった。初めて歩むべき道を見せて下さったというのが、親鸞聖人にとっては具体的な迷いを超える働きかけだったのです。だから行といっても私から覚りに近づく方向じゃなくて、向うから私の方に呼びかけて下さっているような全く方向が違う行があった。これを行巻で語ろうとされるわけです。
諸仏の称名ということを語る中でさきほどの重誓偈の文が引用されています。一番目と二番目の誓いをはずして、いきなり三番目が引かれます。名前をもってはたらくということが、ここで諸仏の称名の流れの中におかれています。もう一つ引かれているのが「爲衆開法蔵 廣施功徳寶 常於大衆中 説法師子吼」この四句を行の巻には引いておられます。これは親鸞聖人にとってはどういう意味かというと、諸仏の称名によってこれが成り立つのです。阿弥陀仏はいくら説法師子吼といってもおひとりで説法して回るわけにいかない。阿弥陀の説法、阿弥陀の呼びかけはどうやって私たちに届くかと云えば、親鸞聖人にとっては法然上人を通して届いた。法然上人ぬきに阿弥陀の声が聞えたのと違うのです。阿弥陀が大事ですよと云うてくれる人、証明してくれる人が阿弥陀の世界を親鸞聖人にまで届けたのです。これが諸仏の称名なのです。その諸仏の称名によって「名声起十方」阿弥陀の説法が成り立つと云っていいですね。「説法師子吼」獅子が吼えるようにということですが、そういう説法をして下さるわけです。だから阿弥陀仏は沢山の諸仏によって自分の名前が誉め讃えられることを通してはたらいていくのです。諸仏が証明して下さることが阿弥陀の説法であるということがよくわかるように、このご引用をなさっているのですね。
この偈文をずらずら読んでいるだけではそう見えませんけれども、行巻にこれを二つ抜き出して引用して下さったことによって名前が十方に超えていこう、それによって説法師子吼しようと云う、これがどうやって成り立つかと云えば諸仏の称名によって私たちに届くのだということがよくわかる。これが行巻の根っこのところになるものですから親鸞聖人の読み取りをいただいていくことが大事なのです。この第3番目の誓い、ここに「重誓名聲聞十方」と正信偈に詠っておられるように言葉を以ってはたらきかけていく阿弥陀のはたらきが良くうなずけてくるわけです。
親鸞聖人は後には善導大師をとおして二尊教という形でおさえていかれます。諸仏も包んだ釈迦、もう一つが弥陀。どういう説法をそこで聞くかというと、阿弥陀さまは私の国に生れようと思いなさい。欲生我国と呼びかけています。それが聞えるには、先にその世界に気がついた方々のお言葉を通さなければいけないのです。それが彼の国に生れんと願え、善導大師のまとめによれば往けという言葉です。この二つの声を一つにまとめているのが南無阿弥陀仏です。これを釈迦諸仏の声として聞くと、阿弥陀仏に南無しなさいよという呼びかけです。これを法然上人と親鸞聖人の関係で云えば、法然上人は私はあなたを救ってあげるとは絶対云いません。あなたは阿弥陀に出遇わなければいけない。阿弥陀の国に生れて下さい。阿弥陀に南無して生きていって下さい、こう勧めて下さる。それを通して今度は阿弥陀自身の呼びかけが聞える、我に帰命せよ、我が国に生れよと。
南無阿弥陀仏にはどちらの声もそこに籠っています。もう一つあります。私たちの返事も南無阿弥陀仏です。法然上人から阿弥陀に南無しなさいと云われたときに、はいわかりましたと云うのが阿弥陀に南無しますという言葉になる。二つの呼びかけも南無阿弥陀仏にまとめられますし、私たちの返事も南無阿弥陀仏です。
具体的に考えると南無阿弥陀仏というのは、どんな時に出ますか。お内仏の前に座ったときやお寺にお参りにいったときは出易いわけです。それは応えて云っているときもあります。阿弥陀に南無せんならんと。また忘れていたなぁという自分自身の返事としてのナンマンダブナンマンダブとなにげなく唱えたときに、ああまた阿弥陀さんに背を向けて生きていたと引張りもどされるような南無阿弥陀仏もあります。これは呼びかけとか応答というように分けられません。自分が唱えていながらそれが呼びかけの声として聞こえてくるということもあります。ですからどこまでが私たちの応えか、どこからが諸仏の呼びかけか分けることはできません。ひと言でまとめれば南無阿弥陀仏ですが、その中身は一番具体的にはまず往けと勧めて下さる声、これが先なのです。これがないと阿弥陀の我が国に生れようと思えという声に出遇えない。まずそれに出遇ってそれを通すと今度は「ハイ」とそれを大事に生きていきますという我が宣言の言葉になります。ナンマンダブツはひと言で簡単ですけれど、その中身を云えばいろんな面を持っていると云えます。
親鸞聖人が行巻で強調なさるのは一番具体的な「往け」という諸仏の言葉でありますが、それを通して後半になると私たちに対する命令としての阿弥陀の呼びかけに言及されます。「招喚の勅命」と仰います。「往け」というのは「招喚」に対して「発遣」でした。私たちを立ちあがらせて遣わす発遣の声と招喚の勅命という順序で教行信証の行巻は展開していきます。だから私たち自分で唱えるんですけれど、唱えているところに聞いていくんだと仰るのです。称名念仏というのはどこまでも、口で唱えたとしても、私が唱えたとしても、そこに呼びかけを聞いていくのだと仰るのです。あるいは同時に称名は大事なことを思い出していく「憶念」だとも仰います。不思議な話ですね。称名念仏といえば普通は10回唱えましたとか、今日は大きい声で云いましたとか、私たちの実践項目として考えられるのが殆んどです。よく質問されるのは、何遍くらいがいいですかとか、声の大きさはどの程度ですかとか、あるいは雑念を以って唱えるのはいけませんかとかそんな話がよく出ます。でもそれはこちら側がどうすればという話でしょう、そうじゃないです。どんな心で唱えようが、それは仏からの呼びかけだと親鸞聖人はおさえられるのです。一遍唱えれば一遍呼びかけられたことになります。十遍唱えれば十遍呼びかけられたということですね。百回唱えたら百回あなたどっち向いて生きているのか、阿弥陀の世界を生きなさいと呼びかけられているのです。そういう意味で称名はわかりにくいとよく云われるのですけれど、私たちの実践項目ということを許さないのが親鸞聖人の立場です。回数や声の大きさではなくて、あなたは唱えたことによって阿弥陀の世界を生きる者になりましたかと、何を大事に今日一日を生きていきますかと、こういうことを思い出さされるそういう中味を持つのです。だから称名は聞名と書かれたり憶念と書かれる。これが教行信証の行巻を読んでいるときに注意されるところです。その元になるのが本願文を述べ終ったあと法蔵菩薩ご自身が三つの誓いを建てられて、どんな者をも救わずにはおかないということを1番目と2番目で挙げて下さいました。それをどうやって果し遂げていくかというときに阿弥陀という名前、言葉をもってはたらこうというわけです。
名前の持つ力という意味では曇鸞大師の云い方ですけれども、浄土という国土の名前が仏事を為すと仰るところに非常に注意されるわけです。阿弥陀という名前だけじゃなくて「安楽国」の「安楽」という名前が私たちに働きかけるんだと、国土の名字がはたらくと云われます。このことは証巻に引かれていますが、聖典では281頁、阿弥陀という仏さまの名前だけじゃなくて阿弥陀仏の世界の名前がはたらいてくるのだと云っておられます。「仏事を為す」ですから阿弥陀の世界は安楽であると聞いて、それが私たちへのはたらきとなるというのです。これは誤解も起きます。安楽という言葉を聞くのですから、あすこへ行けば楽が出来るのかとか、願い事が叶うのかというように聞くと勘違いになるのです。でもまず私たちをここへ引張って下さる、そちらに向けて下さるような大きなはたらきが国土の名前そのものいもあると云います。
お釈迦さまの説法を考えてみれば、言葉で語ることによって却って人を惑わすかもしれないと思い悩まれたそうです。でもやっぱり言葉で語るよりほかにないと説法に踏み切られるでしょう。私たちは勝ったか負けたか、得か損かと言葉で価値を決めていますね。自分が生きていてよいのかどうか、それも言葉で縛るわけです。言葉で縛られている者を解放するにはやっぱり言葉しかない。ここに言葉の持っている力、はたらきが重要視されるわけです。中でも特に親鸞聖人は言葉の力ということを重んじた人だと云われます。私たちに近いところで此の事を云って下さったのは安田理深という先生でして、親鸞聖人の教えはどこまでも言葉によってはたらきかける。これを明確にしたのだと云われます。御本尊に御名号を書いたのも親鸞聖人が初めてと考えていいのです。法然上人は木像を刻んでおられたようです。でも親鸞聖人は本尊を求められる方に十字、九字あるいは六字の御名号を書き与えられました。この辺に言葉の大事さを見ておられたということがわかります。曇鸞大師の論註を引かれるのは大分あとの話になりますけれども、名前をもって働きかけたいという、これが重誓偈の3番目に出ているのでして、これが親鸞聖人の教学の柱になっていくような重要性があると思います。
二つの誓いの次には阿弥陀のお徳、阿弥陀はどんなお徳を具えておられるのかということが述べられますので、次回はそこへ入ることになります。
以上。